ホーム活動報告・会報記事寄稿・投稿旧校舎の思い出 -真夏の夜の丘の上-

寄稿・投稿旧校舎の思い出 -真夏の夜の丘の上-

絶叫系のアクティビティは大の苦手である。お化け屋敷など言語道断。だいたいわざと驚かされに行って脈を急上昇させるなど、日々正常な拍動を維持し続けてくれている心臓に対して失礼極まりない話だ。
しかし、である。驚かす方となれば、事は大きく変わってくる。
――旧校舎最後の夏。高校生活最後の夏。みんなできもだめしをやろう。
話はすぐにまとまった。

小講堂の中から悲鳴ともうめき声ともつかない音が時々聞こえてくる。客として集まった60人ほどの同期がホラー映画を鑑賞している間、僕らは校舎を駆け回って準備を進めた。ほこりっぽい床に張り付くようにスタンバイし、真っ暗な廊下に無人カメラをセットし、半世紀分のニオイが染みついたトイレには生きているゴキブリを何匹も放した。一体誰がこんなに恐ろしいことを思いつくのだろう。
「これ血のりね~。こっちは服をズタズタにするはさみと、ソーイングセット。あ、そうそう。あたし特殊メイクって1回やってみたかったのよ。頬骨の辺りに銃弾が貫通するイメージでいいかしら?」
人が変わったように饒舌で、時々薄笑いを浮かべる司書さんの横顔は、本当に怖かった。
夜7時過ぎ、最初の客が校舎内に入る時間だ。僕が担当する1階の教室はコースの終盤にあり、僕は窓の外に潜んでいるため彼らの足音や話し声に気付かないと仕事ができない。しかし、いくら待っても誰も来ない。同じ教室で別の役割を担う友人が室内に偵察にいった。直後に叫び声が聞こえた。助けには行かない。怖くてできません、そんなこと。
ほどなく彼は戻ってきた。もうどちらが客だかわからない。それからは夢中になってやって来る人を驚かし続けた。客が指示書を手にしようと窓辺に近づいた瞬間、僕が持っているロープを離すことで西洋人形が客の眼前を通過し、指示書に手を伸ばすとその手を友人が掴んで、逃げようとする客を廊下まで追いかけるという趣向である。
9時近くになり、ようやく最後の客が会場をあとにした。その夜は異常なほどの蒸し暑さで、小高い丘の上といっても涼風などは全く感じられなかった。緊張感と安堵感と高揚感と達成感で、僕らは汗まみれになっていた。

翌日、人形を回収しに行った。教室の床にぼとりと落ちている人形は、体の傾きによって目が開閉するというそら恐ろしい仕掛けがついている。僕は瞳を見ないようにしながら人形を急いでかばんにしまい、家に帰って仏壇に手を合わせた。お釈迦様が西洋人形にいかなる慰めを施してくれるのか甚だ疑問ではあったが、とにかく祈った。だって人形を天井から吊りさ……
――吊り下げるために使ったロープがない!
当日帰るときには人形は吊られたままだったし、一晩の間にあのほつれたロープをわざわざ誰かが盗むとは考えられない。
新学期になり、旧校舎に確かめに行こうとした。でも、立ち入り禁止のロープがそれを許さなかった。
真夏の夜にこの丘の上で起きた不思議な出来事の真相は、旧校舎だけが、知っている。

木戸 悠介 (64期)