寄稿・投稿CM初体験記

4月からオンエアされている、老松酒造のシン・ENMA(ベースブランドは閻魔)という焼酎のCMにメインで登場しています。
退職後に落語はあちこちで460回以上やってますが、なんでCMに出ちゃったのということも含めて、CM撮影の体験を記します。
そもそもは、知り合いの居酒屋店主が、元々作詞やなんやら芸能系の人で、彼が「そんなに落語やってて、演劇も心得あるなら登録料無料のシニアタレント中心の芸能事務所があるから紹介しようか」と言われ、「タダならいっか」というノリで昨年暮れに登録したんです。

よくある「あなたもタレントに」なんていう芸能事務所の中には、結構な登録料や月々のレッスン料を取るところも多く、その割に実際の仕事は来ないなんていうケースがあるのですが、この事務所は本当にお金がかからず、宣伝材料写真も3,500円という格安で撮ってくれました。多分、制作会社から受け取る金額と出演者に渡す金額との差額を大きくしているのでしょうが、でも仕事がなくても出費もないので気楽なシステムです。
そして、登録後は週に5−6本の案件がメールで来るようになりました。そのうち日程や条件に合うものにエントリーすると、基本はまず書類選考がありまして、それを通るとオーディションということになり、指定されたスタジオに行ってオーディションを受けます。
制作会社のスタンスにもよりますが、毎回、一つの役にあちこちのタレント事務所から30人くらいは呼ばれているようです。今回の役は私の三つ目のオーディションでした。福岡での撮影ということだったので、「タダで福岡まで行ける!」というのとギャラが素人タレント案件としては結構良かったのが申し込みの動機の大きな部分だったような気がします。
で、何日かしましたら、事務所から「合格しましたので、福岡に行って頂きます」とのことで、「へぇ~」という感じでした。
撮影前日に羽田で奥様役のSさんと初めてお会いして、東京サイドの制作会社の人に見送られて、福岡へ。福岡で制作会社のプロデューサーの迎えを受けて、ホテル入り。「夕食はお二人で適当に召し上がってください。ほどほどに飲んでいただいて構いません。請求書を回してくださぁい」というノリでした。
翌朝は、ホテルに他のスタッフも集合して、ミニバンで福岡近郊の住宅街の一軒家に。ここがハウススタジオというやつで、こうした撮影などに貸している空き家です。
私たちが到着した時には、すでに他の20名ほどのスタッフさんは準備中で、昼なのに夜に見えるよう窓を全て覆って、照明のチェックやらなんやらをしていました。これが実に細かくて、「そのレフ(反射板)をもう2°上に上げてくれる」「遮光板もう3cm下に下げて。あ、行き過ぎ1cm上げて」なんてことをやってます。家具や小物の配置も、センチメートル単位で微調整しています。
その間に、役者二人は衣装合わせをして(先方が用意した衣装を何種類かあてて監督が選ぶ)、メイクをして、私の場合は、今回髭なしでという条件だったので、髭を剃ってもらって、待機します。
今回、犬も登場していますが、これもタレント犬で特別に訓練された役者犬です。躾がちゃんとされていて、聞き分けがとても良いのです。そしてこの焼酎のラベルに載っている犬にそっくりということで選ばれたそうです。もちろん飼い主が同行していて、疲れないように、飽きないようにといろいろ世話をします。
待機中に見ていて、スタッフの中に「この人は何をしている人だ」という人が二人ほどいました。ちょっと偉そうに見ているだけなのですが、監督、プロデューサー、撮影監督などは別にいますし、何をしている人なのか分からない。ときどき「あれは、大丈夫か」なんて言うくらいの人たちでした。不思議です。
いろいろな機材があるのですが、どれもこれも接地面に硬式テニスボールを割いたものが嵌めてあるんです。スタッフの方に「これどうしてですか」とお聞きしたら「床を痛めないようにです。東京のどこかの制作会社が始めて、あっという間に全国に拡がった工夫なんです。これはヒットです」と言ってました。もちろん、床は養生してるのですが、その上で更にこれだけ気を遣っているんだと思いました。
昼飯はいわゆるロケ弁。食べ終わって、スポンサーの社長や広告代理店の営業と思しき背広組が到着して、一通り挨拶が終わると、いよいよ撮影です。
衣装の襟、髪の乱れ、グラスの氷の量、氷でグラスが曇っていないかどうかなどなど、とにかく細かいです。その度に、スタイリストさん、メイクさん、氷係の人(二人張り付いています)などがパキパキ動きます。で、まずはカメラを回してから「5、4、(3)、(2)、(1)」(括弧内は無言で指だけ)とキューが出て、セリフを言います。何度も言います。これはダメだしというよりも、いろいろなパターンを撮ってどれがいいかを後で編集の時に考えるようです。ですから「グラスを見て笑って少し間を置いて『これもね』を言ってください」とか「グラスを見て笑いながら『これもね』と言ってください」という感じです。
オーディションの時に「遊助さんは落語家なので大きな声ですが、普通に、むしろ囁くくらいで言ってみて下さい」と言われてましたので、本番も家庭で会話する程度の声で演じました。それで十分なようです。
あのグラスの中は、焼酎ではありません。何かのお茶を薄めたものです。ま、本番でも口につけるくらいでほとんど飲みませんでしたが。
やがて、撮影終了「撮れ高OK」というやつです。その声が聞こえると流石に皆さんもホッとした空気が漂います。すぐにそれぞれ片付けを始めて、役者も着替え、メイク落としをします。メイクを落としてもらいながら「今日初CMだったので面白かったです」と言ったら「え?初めてですか。落ち着いてますね」と言われました。落語経験が生きたんでしょうか。
帰りも空港まで送っていただき、予約便は撮影が延びた時を考慮して最終だったのですが、17時頃には終わったので、18時台の飛行機に変更して家には22時過ぎに到着しました。
慌ただしい一日でしたが、65歳になってこんな新鮮な体験ができるというのもありがたいことだと思います。
オンエア後は「もしかしてCM出てない?」とか「そっくりな人が出ているけど…」という連絡をたくさん頂きました。
CMに出た効果を3つ。一つ目は、10年以上連絡をとっていなかったような人から、「CM出てる?」なんて連絡をいただいて、ちょっとした交流が復活する。二つ目は、皆さんにちょっとした驚きや喜びと、ご家族やお仲間との話題を提供して少しは世の中のお役に立っている。三つ目は、落語会などで「この頃はCMにも出ている参遊亭遊助さんです」と紹介して頂くと、なんだか落語まで上手そうに思われるらしく、本番の受けがいい。
この原稿は6月に書いているのですが、ただいま二社目のCMを収録中で、この「ゆうしん」が出る頃にはそれもオンエアされていると思います。
皆さんも試しにやってみませんか(既に知人が二人、同じ事務所に登録しました~別に私には一銭も入りませんよ(笑))。

参遊亭遊助 (豆生田信一)