歴史・文学散歩池子の森自然公園を散策

初秋の逗子、老人たちの遅まきながら「太陽の季節」。

大型台風22号の接近が懸念された10月8日、明ければ、栄光日和、京浜急行「神武寺」駅、
心臓、腰、記憶力、・・・・身体のあちこちにトラブルを抱える平均年齢80才程の爺さんグループ22名、地元12期・原口氏の先導で勇躍出発。
先ず目指すは「池子弾薬庫」跡地。約20分の歩行で到着。一面深い緑におおわれ、10月とは思えぬ炎天、夏の息吹。
一部「共用」が始まったとはいえ、敗戦後いまだに288ヘクタールが米軍に接収され続け、3000人の米軍家族が居住。
だらだら坂道を10分ほど登った処に「池子遺跡群資料館」。
2000年前、弥生時代以来の生活品、5000点+が保存展示されています。
古くからこの海と山に囲まれた地が、太古の人たちにとって生活し易かった?ことが偲ばれます。
またその裏には「シロウリガイ類展示」と称する200万年前の貝の化石の塊。
440万年前相模湾の水深1000mに群生していた悠久の歴史が50万年前に隆起したのだとか。語られる数字が天文学的、100万や200万は誤差のうち、小さいことは気にならなくなります。
続いて田越川沿いに歩いてたどり着いたのが「六代御前の墓」。
寡聞にして六代御前の名を知りませんでしたが平家の末裔、清盛の曽孫、御前とはいいながら男。
頼朝の死後北条時政によって捕らえられ田越川畔で斬首、落命、以後平家は断絶。
土地の人は田越川を御最期川と呼び悲しみ、今でも7月の命日には供養祭が行われるとか。鎌倉時代が生きています。
更に足を延ばして着いたのが「蘆花公園」。
とはいっても徳富蘆花とは関係なく、逗子市が蘆花にあやかってネーミング、ここで昼飯。
園内の裏山、郷土資料館に登ると江の島越しに富士山。疲れを癒してくれました。
最後、逗子海岸、石原慎太郎の「太陽の季節」碑のまえで記念撮影。
岡本太郎の「太陽」の顔が付いた珍妙な石碑。慎太郎は草葉の陰で納得しているのだろうか?
そんな思いにひたりながら、逗子の海に秋の赤い太陽は沈んでいくのでした。

小笠原 睦 (14期)

シロウリガイ展

逗子海岸碑

池子

蘆花公園からの富士山と江ノ島

神武寺駅

六代御前の墓